― Enterprise Portfolio and Project Management ―
PS / PPM / Commercial Project Management / 投資管理 / CATS
2026年7月
本資料は、SAPのプロジェクト志向プロセスを統合する枠組みである SAP EPPM(Enterprise Portfolio and Project Management)について、その構成コンポーネント・機能・S/4HANAでの進化・適用シナリオを体系的に解説する。設備投資(CAPEX)・受注型プロジェクト(Revenue)・研究開発・保全プロジェクトなど、「プロジェクト」を軸に会計・ロジスティクス・リソースを管理する製造業の実務者を主な読者に想定している。
第一章 SAP EPPMとは
SAP EPPM(Enterprise Portfolio and Project Management)は、単一製品ではなく「プロジェクト志向プロセスを会計・ロジスティクス・リソースの面から支える複数コンポーネントの総称(アンブレラ)」である。CAPEX(設備投資)・OPEX(費用プロジェクト)・Revenue(受注型プロジェクト)のすべてのシナリオをカバーする。
重要な点は、EPPMは「PPMだけ」を指すのではないことである。中核のPPM(Portfolio and Project Management)に加え、PS(Project System)、CPM(Commercial Project Management)、IM(投資管理)、CATS(工数記録)などが含まれ、これらはすべてS/4HANA上で動作する。
| コンポーネント | 役割 | 主な用途 |
|---|---|---|
| PS(Project System) | WBS・ネットワークによる実行系プロジェクト管理 | 設備投資・EPC・保全・R&Dの原価/工程/収益管理 |
| PPM(Portfolio and Project Mgmt) | ポートフォリオ管理と意思決定 | 複数プロジェクトの選別・優先順位・リソース配分 |
| CPM(Commercial Project Mgmt) | 受注型プロジェクトの商務管理 | 見積・原価計画・進捗課金・変更/イシュー管理 |
| IM(Investment Management) | 投資予算の管理 | 投資プログラム・予算配賦・承認 |
| CATS(Cross Application Time Sheet) | 工数記録 | プロジェクト/原価センタへの工数入力 |
? 「EPPM=PPM」ではない。EPPMは"傘"であり、実行系のPS、ポートフォリオ系のPPM、商務系のCPMを役割で使い分ける。AIエンジニアリング等で語られる「ポートフォリオ管理ツール」は、この中のPPMを指す。
第二章 コンポーネント詳解
2-1 PS(Project System)― 実行系プロジェクト管理
PSは、WBS(作業分解構造)とネットワーク(アクティビティ)を用いて、プロジェクトの計画・実行・管理を行うS/4HANAコアの実行系モジュールである。原価・予算・工数・調達・収益をプロジェクト単位で統合管理する。
・WBS要素:プロジェクトを階層的に分解し、原価・予算・実績の集計単位とする
・ネットワーク/アクティビティ:作業の順序・所要期間・リソース・外注を定義し、日程計画(スケジューリング)を行う
・予算・実績管理:予算配賦(BCS)と実績の対比、可用性管理(Availability Control)で超過を制御
・収益認識・進捗課金:Results Analysis/進行基準(POC)による収益認識、マイルストーン課金
・調達連携:ネットワークからの外注発注・部材所要(MM/PPと連携)
2-2 PPM(Portfolio and Project Management)― ポートフォリオ管理
PPMは、個々のプロジェクト実行(PS)の上位で、複数プロジェクトを横断的に管理する。「どのプロジェクトに投資すべきか」を戦略適合度・ROI・リスク・リソースの観点で意思決定する。前身は cProjects+xRPM(Resource and Portfolio Management)で、これらが統合されPPMとなった。
・ポートフォリオ管理:プロジェクト/イニシアチブの一覧化・スコアリング・優先順位付け・ゲート審査
・リソース管理:技術者・要員のキャパシティ計画と、複数プロジェクト間の配分
・プロジェクト計画:フェーズ・タスク・チェックリスト・成果物のプロジェクトプランニング
・財務連携:PPMのプロジェクトをPSのコストプロジェクトと連動させ、計画と実績を一気通貫で管理
2-3 CPM(Commercial Project Management)― 受注型プロジェクトの商務管理
CPMは、受注生産・EPC・エンジニアリングサービスなど「顧客向け商務プロジェクト」のライフサイクルを支える。S/4HANAではネイティブ機能(旧来はアドオン)となった。
・プロジェクト・コスト&収益計画(Project Cost and Revenue Planning):多階層の見積・原価・収益をワークベンチで計画
・進捗・出来高(Project Progress):進捗と出来高(EVM)を管理し、EAC/ETCを算出
・イシュー&変更管理(Project Issue and Change Management):課題・変更要求・その原価影響を管理
2-4 IM(投資管理)とCATS(工数記録)
・IM(Investment Management):投資プログラムの予算計画・承認・配賦。設備投資の予算統制に用いる
・CATS(Cross Application Time Sheet):工数をプロジェクト・ネットワーク・原価センタへ記録し、原価と要員稼働を可視化
第三章 S/4HANAでのEPPMの進化
S/4HANAでは、EPPM各コンポーネントが会計基盤・UX・分析の面で大きく刷新された。
・Universal Journalへの統合:プロジェクト財務は個別のCOテーブルでなく、ユニバーサルジャーナル(ACDOCA)へ転記され、単一の真実で管理される
・Fiori化:フロントエンドがSAP GUIからSAP Fioriへ移行し、プロジェクト管理・進捗入力・分析が現代的UIに
・埋め込み分析:夜間抽出でなくライブデータ上でのリアルタイム分析(Embedded Analytics)
・CPMのネイティブ化:CPMがアドオンでなくプラットフォームの一部に
? S/4HANA CloudのPublic/Private editionのいずれでもEPPMは利用可能。プロジェクト財務がACDOCAに統合されたことで、FI/CO/PS/PPMが同じ台帳の上でリアルタイムに整合する点が最大の進化である。
第四章 適用シナリオと業種
| シナリオ | 内容 | 主に使うコンポーネント |
|---|---|---|
| CAPEX(設備投資) | 工場新設・設備更新の投資管理 | IM+PS |
| R&D・新製品開発 | 研究開発プロジェクトの原価/工数/ゲート管理 | PPM+PS+CATS |
| Revenue(受注型) | EPC・受注生産・エンジニアリングサービス | CPM+PS |
| 保全プロジェクト | 大規模改修・定期修繕(PMと連携) | PS(+PM) |
製造業では、設備投資(IM+PS)と受注型プロジェクト(CPM+PS)の二つが特に重要である。エンジニアリング/プラント業では、EPCプロジェクトをCPM+PSで、複数案件のリソース最適化をPPMで管理する構成が典型となる。
第五章 他ツール連携と導入の要点
・Microsoft Project:Copilot連携でスケジュール分析。SAP PSとはPower Platform連携で統合可能
・Primavera P6:大型インフラ・建設向け。モンテカルロ完成確率分析。PSとの連携実績あり
・AI活用:2025年以降、PPMに遅延予測・リソース最適化のAI機能が拡充。PSデータをネイティブ参照
⚠ 導入の要点:EPPMは「どのシナリオを、どのコンポーネントで担うか」の設計がすべて。PSだけで抱え込むと複数プロジェクトの全体最適が効かず、PPMだけでは実行系の原価が握れない。CAPEXはIM+PS、受注型はCPM+PS、横断最適化はPPM、と役割を明確に分けることが成功の条件である。
第六章 設定(具体的な設定手順)
EPPMの設定はコンポーネントごとに分かれる。以下はS/4HANA(オンプレ/Private Edition)を前提に、PS → IM → PPM → CPM/CATS の順で主要な設定手順(SPROメニューと代表トランザクション)を整理する。SAP Learning Journey(S4120〜S4123:Master Data/Configuration for Project Control in Logistics・Financials)の設定領域に対応している。
6-1 PS(Project System)の主要設定
PSは「プロジェクトプロファイル」を起点に、番号体系・予算・決済のルールを定義する。
| 設定項目 | SPRO/概要 | 代表T-Code |
| プロジェクトプロファイル | Project System>Structures>Operative Structures>WBS。予算/計画/組織/決済の既定値を集約 | OPSA |
| プロジェクトコーディングマスク | プロジェクト番号の体系(マスク)を定義 | OPSJ |
| ネットワークプロファイル | Network>Settings for Networks。日程計画・確認の既定 | OPUV / OPUU |
| ステータスプロファイル | ユーザーステータス(承認・凍結等)を定義 | OK02 / BS02 |
| 予算プロファイル&可用性管理 | Costs>Budget。予算超過を制御するAvailability Control | OPS9 |
| 決済プロファイル | AUC/資産/原価センタへの決済ルール | OKO7 |
| 主要な実行トランザクション | Project Builder/予算/決済/構造レポート | CJ20N / CJ30 / CJ88 / CN41N |
6-2 IM(投資管理)の設定
・投資プログラムタイプの定義:プログラムの種類・予算カテゴリを設定(SPRO>Investment Management) T:OIT1
・投資プログラムの作成と予算配賦:プログラム定義(IM01)→予算(IM32)→WBS/オーダーへ配賦
・AUC(建設仮勘定)自動生成:投資プロファイルでAUC生成・決済ルールを定義し、期中はAUC、完成時に資産へ本勘定化
6-3 PPM(Portfolio and Project Management)の設定
PPMは、ポートフォリオ構造・アイテム・意思決定フロー・スコアリングを設定する。下図はPPMの構造(ポートフォリオ/バケット/アイテム/プロジェクト)を示す。
図:SAP PPM の構造 ― ポートフォリオ/バケット/アイテム/プロジェクト(出典:SAP EPPM資料 p6 より引用)
・ポートフォリオタイプ/バケット構造:戦略バケット(R&D・IT・顧客プロジェクト等)の階層を定義
・アイテムタイプ(Item Type):ポートフォリオアイテムの種類とフィールド制御・ステータスを設定
・意思決定フロー(Decision Flow)/フェーズ・ゲート:Strategy→Idea→Concept→Development→Scale Up→Launch のゲート審査を定義
・スコアリングモデル・質問票(Questionnaire):リスク評価・商業的成功確度・技術的実現性を数値化する評価モデルを設定
・財務・キャパシティ計画カテゴリ:NPV・ECV・ROI等の財務計画とリソース計画のカテゴリを定義
・PPM⇔PS連携:ポートフォリオアイテムをPSのコストプロジェクトに割り当て、計画と実績を一気通貫で管理
6-4 CPM/CATSの設定
・CPM:プロジェクトワークスペースと財務計画テンプレート(多階層の原価・収益計画)、進捗・出来高(EVM)の設定
・CATS:工数入力用のデータ入力プロファイル(T:CAC1)と承認(CATS_APPR_LITE)を設定し、工数をWBS/ネットワーク/原価センタへ記録
⚠ エディション差:S/4HANA Public CloudではSPROでなくFioriベースの構成環境(Configuration/Manage Your Solution)で設定する。Private Edition/オンプレはSPROが中心。設定手段と可変範囲がエディションで異なるため、対象エディションを前提に設計すること。
第七章 他社導入事例(画面イメージ付き)
7-1 John Deere ― 大規模R&Dプロジェクト管理
農業機械大手のJohn Deereは、R&DプロジェクトをSAP EPPM(PPM/PS)で管理している。SAPの公開資料によれば、顧客システムは約800万件のプロジェクトタスクを保持し、15,000ユーザーがタスクの確認に利用している。SAP HANA基盤により、オープンタスクの照会・ステータス設定・タスク保存といったダッシュボード操作の応答性が大幅に向上したとされる。
図:John Deere ― R&Dプロジェクト管理(約800万タスク・15,000ユーザー、HANAによる高速化)(出典:SAP EPPM資料 p21 より引用)
【学び】EPPMは大規模R&Dのタスク管理にも耐えるスケーラビリティを持ち、HANA基盤が大量タスクの応答性(オープン→設定→保存の操作)を支える。ポートフォリオ規模が大きい製造業ほど基盤性能の効果が大きい。
7-2 プロジェクトタイプ別の適用モデル
SAP EPPMの適用は、プロジェクトの性質によって使用するコンポーネントが変わる。参考資料では、投資/顧客/コストの3タイプで、使用モジュールと資本化先が整理されている。
図:SAPにおけるプロジェクトタイプ(投資/顧客/コスト)と使用モジュール(出典:SAP EPPM Demo資料 p5 より引用)
| プロジェクトタイプ | 例 | 使用モジュール | 資本化/収益 |
| 投資プロジェクト | 固定資産取得・オフィス建設(例:Godrej) | IM / PS / CO / PPM / CPM | AUC→資産へ本勘定化 |
| 顧客プロジェクト | 受注型SAP導入・MTO(受注生産) | PS / SD / CO / PPM / CPM | 製品/プロジェクトへ収益計上 |
| コストプロジェクト | R&D・工場シャットダウン保全 | PS / CO / PPM / CPM | 原価センタへ振替 |
? 資料で示された事例(Godrejの不動産・オフィス建設=投資プロジェクト、SAP導入案件=顧客プロジェクト、工場シャットダウン保全=コストプロジェクト)は、「同じEPPMでも性質でモジュール構成が変わる」ことを具体的に示している。
7-3 意思決定支援とポートフォリオ分析の実際
PPMのポートフォリオ運営では、質問票(Questionnaire)とスコアリングモデルでソフト情報(リスク・商業的成功確度・技術的実現性)を定量化し、ダッシュボードでランキングやWhat-if比較を行う。
図:意思決定支援 ― スコアリング・ダッシュボード(ランキング/What-Ifシナリオ)(出典:SAP EPPM資料 p9 より引用)
ポートフォリオ分析では、KPIモニタ(計画/実績スケジュール・コスト/予算・リスク・NPV・ROI)により、戦略目標と資本/運用支出の配分の整合を確認し、需要と利用可能キャパシティを比較する。
図:ポートフォリオ分析 ― KPIモニタ(スケジュール/コスト/リスク/NPV/ROI)(出典:SAP EPPM資料 p17 より引用)
? EPPM(PPM)の要は「ソフト情報の定量化(スコアリング)→ ポートフォリオKPIでの俯瞰 → ゲート審査での取捨選択」のサイクルにある。前章の設定(スコアリングモデル・意思決定フロー)が、この運用を成立させる土台となる。
第八章 結論
SAP EPPMは、プロジェクト志向プロセスを会計・ロジスティクス・リソースの面から支える統合の傘であり、PS(実行)・PPM(ポートフォリオ)・CPM(商務)を中核とする。S/4HANAでユニバーサルジャーナルに統合され、FI/CO/PS/PPMが同じ台帳の上でリアルタイムに整合するようになった点が、従来との決定的な違いである。
? 最終メッセージ:EPPMを「PPMの別名」と誤解しないこと。傘の下でPS・PPM・CPMを役割分担し、ユニバーサルジャーナルで財務を一元化することが、プロジェクト経営の可視性と統制を両立させる鍵である。
(本資料はSAP公開情報(S/4HANA EPPM/PS/PPM/CPM)および2025〜2026年の文献に基づき作成。機能範囲はエディション・リリースにより異なる。)