本書の目的と対象読者:ERPパッケージ導入・刷新を検討する経営層・IT部門・事業部門の方々へ
現代のビジネス環境は、デジタル技術の急速な進化とグローバル化の波に晒され、企業は変革を迫られています。特に、企業の血液ともいえる基幹システムは、この変革の最前線に位置しています。その中でも、ERP(Enterprise Resource Planning)パッケージは、経営資源の最適化、業務プロセスの効率化、そしてデータに基づいた意思決定を可能にする強力なツールとして、多くの企業で導入されてきました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。過去のERP導入プロジェクトにおいては、「コストばかりかさんで効果が見えない」「業務に合わない」「導入後に使いこなせない」といった課題が頻繁に聞かれました。これらの課題は、ERPパッケージの選定や導入方法に問題があっただけでなく、その前段階である「システム構想策定」が不十分であったことに起因するケースが少なくありません。
本書は、このような課題を解決し、DX(デジタルトランスフォーメーション)時代において真に価値ある基幹システムを構築するための構想策定に焦点を当てています。具体的には、ERPパッケージの導入や刷新を検討されている経営層、IT部門、そして事業部門の皆様を主な読者として想定しています。
経営層の皆様には、ERP導入が単なるシステム刷新に留まらず、企業の競争優位性を確立し、新たなビジネスモデルを創造するための戦略的投資であることを理解していただくための視点を提供します。IT部門の皆様には、複雑化するIT環境の中で、どのように最適なERPパッケージを選定し、既存システムとの連携を含めた全体像を描くか、その実践的なノウハウを共有します。そして事業部門の皆様には、自らの業務がどのように変革され、デジタル技術によっていかに効率的かつ高付加価値なものとなるかを具体的にイメージしていただくことを目指します。
本書を通じて、皆様が「なぜ今、ERPの構想策定が重要なのか」「どのように進めれば成功するのか」という問いに対する明確な答えを見つけ、自信を持ってDX時代の基幹システム構築に臨んでいただけることを願っています。

基幹システム構想策定の重要性とDX時代における位置づけ:ERPがDXの要となる理由
DXが叫ばれる現代において、企業は単に既存業務をデジタル化するだけでなく、デジタル技術を活用してビジネスモデルそのものを変革し、新たな顧客価値を創造することが求められています。このDXを実現する上で、基幹システム、とりわけERPパッケージは、その**要(かなめ)**となります。
従来のERPは、企業内の各部門(会計、生産、販売、人事など)で個別に管理されていた情報を統合し、業務プロセスを標準化することで、経営の効率化と透明性の向上に貢献してきました。しかし、DX時代のERPは、その役割をさらに広げています。単なる情報統合のハブに留まらず、企業のあらゆるデータを一元的に収集・管理し、**AI(人工知能)やBI(ビジネスインテリジェンス)**ツールと連携することで、リアルタイムでの高度な分析と意思決定を可能にする「インテリジェントエンタープライズ」の中核へと進化しています。
例えば、ある大手製造業A社では、老朽化した複数の基幹システムが乱立し、部門間のデータ連携が滞り、経営状況の全体像をタイムリーに把握できないという課題を抱えていました。DX推進の一環として、同社は最新のクラウドERPパッケージを導入する構想を策定しました。この構想では、製造現場のIoTデータ、販売実績データ、顧客データなどをERPに集約し、AIによる需要予測や生産計画の最適化、さらにはサプライチェーン全体の可視化を目指しました。結果として、リードタイムの短縮、在庫の適正化、顧客満足度の向上といった具体的な成果を上げています。これは、ERPが単なる業務処理システムではなく、データドリブン経営を支える戦略的なプラットフォームへと変貌した典型的な事例と言えるでしょう。
このようなDXの時代において、基幹システムの構想策定は、もはやIT部門だけの課題ではありません。経営戦略とIT戦略を密接に連携させ、ビジネス目標達成に貢献するシステム像を具体的に描くことが不可欠です。ERPパッケージは汎用性が高い一方で、自社のビジネス特性や競争優位性を考慮せずに導入を進めると、かえって業務の硬直化を招き、DXの足かせとなるリスクもあります。
だからこそ、本書が提唱する「基幹システム構想策定」のアプローチが重要になります。これは、単に新しいERPを導入する計画を立てるだけでなく、
- 自社のビジネス戦略と目標を深く理解し、それに合致するシステム要件を明確化する
- 現状の業務プロセスとシステムの課題を徹底的に洗い出し、あるべき姿とのギャップを特定する
- 最新のERPパッケージが持つ機能や技術を理解し、自社のDX推進にどう貢献できるかを見極める
- 投資対効果を具体的に評価し、実現可能なロードマップを描く といった一連のプロセスを指します。
この緻密な構想策定こそが、ERP導入プロジェクトを成功に導き、ひいては企業のDXを加速させるための基盤となるのです。

本書の構成と読み方
本書は、DX時代における基幹システム、特にERPパッケージの構想策定を実践的に学ぶことができるよう、以下の6つの章で構成されています。それぞれの章は独立して読むことも可能ですが、全体を通して読んでいただくことで、より体系的な知識とノウハウを得られるように配慮しています。

第1章 DX時代における基幹システムとERPの役割
この章では、現代における基幹システムの役割と、DX推進におけるERPの重要性について概説します。ERP導入・刷新プロジェクトの全体像を把握し、成功と失敗のポイントを理解するための土台を築きます。
第2章 ビジネス戦略とIT戦略の融合:ERP選定を見据えて
ビジネス戦略とIT戦略をいかに連携させ、基幹システムが経営目標達成に貢献するのかを解説します。ERPパッケージの選定を見据え、ビジネスの観点からIT投資の方向性を明確にするためのアプローチを提供します。
第3章 現状システム・業務の可視化と課題特定:レガシーERPからの脱却
現状の基幹システムや業務プロセスの課題をどのように特定し、分析するかを具体的な手法を交えて説明します。特に、レガシーERPからの脱却を検討している企業にとって重要な、IT負債の評価とリスク特定の考え方も深掘りします。
第4章 新基幹システム(ERPパッケージ)の構想と要件定義
本書の核となる章です。新たな業務プロセスの設計から、ERPシステムに求められる機能要件・非機能要件の定義、そしてクラウドERPなども含めたアーキテクチャデザインの検討までを詳述します。主要なERPパッケージの選定基準と評価のポイントについても具体的に解説します。
第5章 投資評価とロードマップ策定:ERP導入プロジェクトの計画
構想策定で描いたシステムが、費用対効果の観点からどのように評価され、実現可能なロードマップとして落とし込まれるかを解説します。概算コスト見積もりやROI分析の手法、そしてプロジェクト推進体制の構築についても触れます。
第6章 基幹システム構想策定における留意点と実践ノウハウ
構想策定を成功させるための実践的なノウハウを集約した章です。経営層、事業部門、IT部門といった多様なステークホルダーとの連携方法や、ベンダー選定のポイント、さらにはアジャイル開発手法の活用や、セキュリティ・コンプライアンスの組み込み方など、多岐にわたる留意点を提示します。

各章の冒頭では、その章で学ぶことの概要を示し、章の終わりには重要なポイントをまとめることで、読者の皆様が効率的に学習できるよう工夫しています。また、随所に他社の具体的な成功事例や失敗事例を盛り込み、理論だけでなく実践的な理解を深めていただけるように努めました。
本書が、皆様の企業のDX推進と、それに不可欠な基幹システム構想策定の一助となれば幸いです。